郡山市議会 2022-06-23 06月23日-04号
最大震度6強の揺れに襲われた昨年2月の福島県沖を震源とする地震は夜の11時過ぎに発生し、今年1月のトンガの海底火山の噴火では未明に津波警報や注意報が発出されました。また、今年3月に福島、宮城両県で最大震度6強を記録した地震も同じく深夜に発生しており、最近の地震等は夜間に起きることが多いような気がしております。
最大震度6強の揺れに襲われた昨年2月の福島県沖を震源とする地震は夜の11時過ぎに発生し、今年1月のトンガの海底火山の噴火では未明に津波警報や注意報が発出されました。また、今年3月に福島、宮城両県で最大震度6強を記録した地震も同じく深夜に発生しており、最近の地震等は夜間に起きることが多いような気がしております。
令和4年3月16日23時36分に福島県沖で発生したマグニチュード7.4の地震は、宮城県と福島県で震度6強の揺れを観測し、本市でも5強が観測されました。この地震により3人が死亡、245人が負傷し、2万棟以上の住宅が被害を受け、東北新幹線は営業中の車両が脱線事故を起こすなど、甚大な被害が発生いたしました。被災されました皆様には心よりお見舞いを申し上げます。 まず、(1)の質問に入ります。
次に、3月16日23時36分に発生いたしました揺れの激しい地震がありましたが、その後の町施設の被害の修復状況をお尋ねします。 ○議長(割貝寿一君) 町長。 ◎町長(宮田秀利君) それでは、議員のご質問にお答えを申し上げます。 詳細につきましてはまち整備課、そして教育長、そして総務課長、各担当課長より説明をいたさせます。 ○議長(割貝寿一君) 生活環境課長。
本市においても震度5強の揺れが観測され、市内16か所に避難所を開設するとともに、市内の被害状況につきまして、現在当局を中心に確認中であります。今後、被害の復旧等につきましては、当局及び議会が一丸となって全力を尽くし、一刻も早く復旧作業に取り組んでまいりたいと考えております。皆様方のご協力をお願い申し上げます。 それでは、これより本日の会議を開きます。
不意に、ぐらっと来たなと思うと、建物が崩れてしまうのではないかと思うほどの揺れを感じ、私は外へ飛び出しました。向かいの屋根瓦が落下し、電柱と電柱の間の電線がまるで大縄跳びをしているかのようにぶるんぶるんとうなりを上げて揺れていました。その一、二分後でしょうか。西の空が真っ暗になったかと思うと突然、吹雪が嵐のように道路を吹き抜けていきました。
◆3番(遠藤初実君) 一番最初の工事のときは、道路がちょうど東西方向に巡っていますので、あそこは田んぼなので、粘土質なので当然相当下のほうまで土質が柔らかいような感じになっていますので、どうしてもいろんな面で、地震が来たときにどうしても揺れてしまうということが想定することができますので、ですから、そういう揺れというものに対して、なるべく壊れる被害を少なくする方法のような、そういう新しい工事の何かそういう
次に、主な被害状況についてでありますが、地震の揺れにより地下1階ろ過機械室内の配管が一部損壊し、そこから50メートルプール槽の水が床面から約3.5メートルの高さまで流入したことで、設置してあるろ過装置や電解次亜生成装置等のろ過機器設備等、また、これら機械設備に電力を供給するための配線がかん水し、使用ができなくなったところであります。
東日本大震災から10年が経過した今、ここに来てまた大きな揺れに脅かされ、不安な日々が続く中、コロナ感染陽性者と認定されると同時に、地震に見舞われた場合の住民家族が出た場合、被害対策について対処法など、これまでの防災に加え、避難対策などの再確認と対応を考えておくことが非常に必要と思われます。 そこで、次の質問をいたします。
震災後議員になられた方も、本会議中に震災の揺れを経験し、すぐに復旧復興に取り組まれてきた議員の方も、ひとしく震災からの福島市の復興を担わなければならないという強い思いでこの10年歩んできたのだと思います。 震災後10年を経過しますが、いまだに観光、農業などへの風評は残っており、復興は道半ばです。それでも福島に残った私たちは一歩ずつ復興に向かって歩み続けてきました。
先月、2月13日深夜11時8分、福島県沖を震源地とするマグニチュード7.3、本市は再び最大震度6弱の揺れに襲われました。3月2日現在、死者1名、負傷者15名、被災家屋は全壊が5棟、一部損壊を含めて207棟の被害、そしてブロック塀の倒壊が55か所ありまして、日に日に新たな被害状況が寄せられております。まずもって、被災されました皆様に心からお見舞いを申し上げます。
あのとき、この3月議会一般質問の午後2時46分に、私はこの場におり、揺れが強く、立っているのがやっとでした。 あれから10年、この10年経験したことのない出来事など、思いもよらない、いろいろなことがありました。 地震、津波による直接死が、いわき市から新地町の浜通り10市町で1,569人であり、南相馬市では525人と33.46%であります。
テレビなどでもいろいろと報道されております東日本大震災、明日で10年目という節目を迎えるわけでございますが、当時、私もここの定例議会におりまして、この天井がつぶれるんじゃないかというようなすごい揺れを感じました。そういうことで、いつ災難が起こるか分かりませんので、危機管理をしっかり持って、今後とも生活していきたいと思っております。
激しい揺れに襲われ、子供たちは机の下で息を殺しておりました。校舎がきしむ音が不気味に響き渡り、とても長い時間に感じられました。 揺れが一旦やんだので、校庭に子供たちを避難させました。雪が降り始め、着のみ着のまま避難した子供たちの防寒着やランドセルの中に入っている携帯電話などを取りに余震の続く校舎と校庭を何度も往復いたしました。
安全性の分類からいきますと、国家機関の建築物及び附帯施設の位置、規模及び構造に関する基準というのが建設省告示で示されておりまして、その中でいきますと、社会教育施設、社会福祉施設として使用する官庁施設ということで、構造体がⅡ類、構造部材がB類、建築設備は乙類ということで、そういった耐震的な部分については基準を満たしておるんですが、震度何までと言われちゃいますと、その揺れ方とか、今回もそうですけれども、横揺れなのか
幸い何百本というか、そういう杭が岩盤まで突き刺さるという工事をしていただいたために、揺れるのは前の揺れのような形じゃなくて、ビルディングの中で動くというような形を実感しながら、そうなったところです。 そこで、町長にお尋ねします。
先月13日夜、大きな揺れは多くの人に10年前の2011東日本大震災を思い出させましたが、3.11は悲しみの記憶を刻み込んだだけでなく、地震の備えにつながっておりました。この地震は東日本大震災の余震と言われ、今後も起き得ると言います。また、近年中に日本列島の太平洋沿岸部に大きな地震の発生が予測されております。本県周辺でも、熊本地震のように内陸型の地震が考えられております。
非常に、思い起こすと、あの揺れの恐ろしさがよみがえってきますし、そして、その犠牲になられた方々の貴い命に、哀悼の意を表したいというふうに思います。あわせて、原発事故では今も避難生活を続けている人が数多くいる実態があります。決して原発を許さず、早く廃炉になるよう、私ども努力をしていかなければならないというふうに考えています。 早速質問に入りたいというふうに思います。
そんな矢先に、先般、福島県沖地震が発生し、震度6強の揺れとともに、忘れかけていた10年前の思いを多くの市民が感じたことではないでしょうか。それと同時に、自分たちの防災意識の低下を実感したのではないでしょうか。多くの市民が、まさか今、地震が来るとは思わなかったと言っておりました。これこそがそれを証明する言葉であります。
この地震の激しい揺れで、多くの方々が建物へのダメージや家の中の物の散乱など、それぞれが大変な思いをされていることと存じます。また、日を追うごとに、深刻なダメージを受けた建物が複数あることも分かってきて、その中でも、清水台の専修学校では校舎が使えなくなって、150名の生徒が行き場を失っている状況となっています。
本県沖を震源とした最大震度6強、伊達市は震度6弱の揺れを観測した地震は、10年前の東日本大震災の余震ということでした。昨日、近藤眞一議員も質問されておりましたが、被害家屋調査について、市当局の答弁では783件の被害を今把握しており、223件の被災家屋の現地調査が済んでいるということでした。幾つかのチームに分かれて現在調査中ということであります。